天気の子の結末・最後のシーンの意味をネタバレ・考察!バッドエンドなの?

天気の子結末最後のシーン

新海誠監督の「天気の子」の結末について、最後のシーンはどういう意味なのかわからないという声がたくさんあります。

そこでラストシーンについてネタバレしながら考察してみたいと思います。

特にエンディングでの主人公帆高のセリフや、陽菜の祈りの意味について考えてみました。

それと結末で最後のシーンに使用された場所はどこなのか、実在する場所なのかもご紹介します。

実在するなら行ってみたいですよね。

天気の子のエンディングは賛否分かれてますが、どんなラストシーンなのかネタバレしちゃいます。

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天気の子結末のネタバレ!ラストはバッドエンド?

「天気の子」は家出してきた少年帆高が、雨が降り続く東京で天気を晴れにできる少女、陽菜と出会うことで始まる物語です。

では、納得できないという意見もある結末について、ネタバレしていきます。

消えてしまう陽菜

帆高と一緒に天気を晴れにするというビジネスをして、多くの人の願いを叶えてきた陽菜。

しかし、晴れにすればするほど体が透明になっていきます。

実は陽菜は天気を安定させるための人柱だったのです。

さらに親がおらず弟と二人だけで暮らしていることがばれて、捜索願を出されていた帆高と共に、警察に追われてしまいます。

一度は逃げた三人でしたが、次の日の朝に陽菜の姿は消失しており、東京は久しぶりの晴れになっていました。

陽菜を助けたい!

警察に捕まってしまう帆高ですが、何とかして陽菜を取り戻したいと必死に逃げ出します。

陽菜が晴れ女になった神社に行けば会えるかもしれないと走る帆高。

陽菜が力を得たビルの上の神社にたどり着きます。

鳥居をくぐった途端、そこは雲の上の草原でした。

そこで陽菜を見つけ、帆高は「もう晴れなくてもいい、陽菜にいてほしい」と叫び手を伸ばします。

帆高の手を取る陽菜。

そして3年後

東京は、陽菜が人柱から解放されて以来ずっと降り続ける雨のせいで、一部が水中に沈んでいました。

帆高は家に戻り、高校に最後まで通った後、再び東京にやってきました。

自分が陽菜を選んだせいで東京がこんなことになってしまったと思う帆高ですが、3年前に知り合った人々は皆引っ越ししながらもたくましく生きていました。

帆高は陽菜に会いに行きます。

陽菜は傘もささずに雨の中祈っていました。

帆高に気づいた陽菜は駆け寄り、二人は抱きしめあいます。

そして帆高は「陽菜さん、僕たちは大丈夫だ」と笑いかけました。

 

以上が天気の子の結末です。

天気の子は新海監督が、賛否両論あることを覚悟して作った映画だそうです。

確かに一人の命を助けるために東京が雨で水没してしまっていたり、意見が分かれるラストですね。

中でもエンディングの陽菜の祈りと帆高のセリフは、どういう意味があるのかよくわかりませんよね。

そこで、もう少ししっかりとラストシーンについて考えていきましょう。

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天気の子最後のシーンの意味を考察

天気の子の最後のシーンにはどんな意味があるんでしょうか。

陽菜の祈りの意味と帆高のラストのセリフそれぞれについて考察していきます。

天気の子最後の祈りの意味は?

ラストで帆高が陽菜に会いに行ったとき、陽菜は傘もささずに何かを祈っていました。

地上に帰ってきたことで、もう晴れ女ではなくなり、陽菜の力で晴れにすることはできないのに。

それでも自分が生きていることで雨が止まないのなら、そのことで不幸になる人が一人でも少なくなるように祈っていたのではないでしょうか。

帆高が自分が消えることを望んでいないので、たとえ力がないことがわかっていても、また晴れになるようには祈っていないと思います。

ただただ自分も含めたみんなの幸せを祈っている、私はそう思いました。

天気の子最後のセリフの意味は?

 

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#天気の子#森嶋帆高#だいごこたろう 『自分のために願って陽菜 』 ⬆このシーンかっこいいーー!!

陽菜☀️⋆̩☂︎*̣̩(@hinaqiaoben31)がシェアした投稿 –

天気の子の結末で、陽菜に再会した帆高はこう言葉をかけます。

「陽菜さん、僕たちは、大丈夫だ」

これはどういう意味で帆高は言ったのでしょうか。

雨は降り止むことなく、東京は水没している、あまり大丈夫とは言えないですよね。

あるインタビューで新海監督は、ラストシーンについてRADWIMPSの「大丈夫」という曲の歌詞をみて作ったと言っています。

「大丈夫」の中には

「君にとっての大丈夫になりたい」

という歌詞があります。

帆高の存在によって陽菜が大丈夫と思える、安心させられる存在になりたいということかなと思います。

どんな状況でも「大丈夫だ」と陽菜を安心させられる強さを、帆高は手に入れたんじゃないでしょうか。

 

陽菜はいつでも、たとえ自分が消えかかっていても周りの人々のことを一番に考えて行動してしまいます。

帆高の「大丈夫だ」は、そんな陽菜の支えになる、二人で生きていこうという決意の表れだと思います。

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天気の子結末で使用された場所は実在する?

新海監督作品は実在する場所が多数描かれていて、聖地巡礼する人も多いです。

では、天気の子の結末に出てきた坂の場所も実在するのか、調査してみました。

天気の子で主人公の二人が生活しているのが、東京都北区にある田端駅の辺りです。

そして結末にも出てきた坂は、田端駅南口からすぐの坂道でした。

驚いたのがgoogleマップで田端駅南口を検索すると「陽菜の家に向かう坂」と出てくるんです!

どれだけ検索されているかがわかりますね。

他にも田端駅周辺は映画の中に出てきたスポットが目白押しですので、聖地巡礼するならまずは田端駅からどうぞ。

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天気の子の結末・最後のシーンの意味をネタバレ・考察!バッドエンドなの?まとめ

天気の子の結末をネタバレありで紹介してきました。

最後のシーンの陽菜の祈りと帆高のセリフの意味を私なりに考察しましたが、いかがだったでしょうか?

このエンディングについては、みんなで語り合うことでより深く楽しめると思います。

ラストシーンの場所になった田端駅南口にもぜひ訪れていただいて、晴れの日も雨の日でも天気の子の世界を感じてほしいです。

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